折りたたみスマホで「戻る」が減る——淘宝の買い物UIを見てみる
スマホで商品を比べていると、「戻る」を何度も押す。一覧から気になるものを開き、写真や価格を見て、また一覧へ。別の商品を開いた頃には、さっきの寸法や色が少し曖昧になっている。画面には一つずつしか出せないので、比較の残りを自分の頭で引き受けている。
折りたたみスマホで画面が広がったとき、この往復はどこまで減らせるのか。中国の買い物アプリ、淘宝(タオバオ)の対応を追うと、折りたたみ端末の面白さが、薄さやヒンジとは別のところに見えてくる。商品をいくつ並べるか。写真をどう見せるか。問い合わせ中に何を残しておくか。開いた画面を前提に、買い物の手順そのものを組み直すUIが育っている。
商品を見ながら、店に聞く
まず見てほしいのは、2019年の発表会を紹介したこの画像だ。
拡大して見る ⤢左に商品、右にチャットがある。「この商品について聞きたい」というとき、対象の商品を画面に残せる。二つのアプリを適当に並べるのとは違い、買い物の途中で一緒に使いたくなる画面を組にしている。
淘系技術チームの記事には、その作り方も記されている。土台はファーウェイの「Magic Window(平行視界)」という、アプリ内の画面を左右に表示する仕組み。ただし、淘宝ではデザイナーが左右の画面の動きを決め、開発者がそれに合わせて設定していた。
OSが分割の仕組みを用意することと、アプリが使い道を設計することは、別々の選択肢ではない。両方があって初めて、「商品を見ながら問い合わせる」という流れになる。画面が二つに分かれているという見た目よりも、一方で操作している間に、もう一方に何が残るかが肝心だ。
商品を大きく見るか、たくさん並べるか
その設計は、三つ折り端末ではどう広がったのか。2024年9月のMate XT向け対応告知では、淘宝は開き方に応じた商品一覧や詳細、ライブ配信画面を紹介している。電玩巴士に掲載された告知を、画像とともに見ていく。
拡大して見る ⤢ここでは商品カードが3列に並んでいる。告知によれば、ホームや検索ページでは、画面を広げた状態でジェスチャによって商品列数を変えられる。
欲しいものがまだ定まっていないときは、候補を多く見渡したい。気になるものが出てきたら、一つひとつの写真を大きく見たい。画面幅に合わせて開発者が列数を決めるだけでなく、探している人自身が密度を選べる。この違いは小さくない。
商品を詰め込むほど便利になるわけでもない。服の質感を見たいのか、似た候補をざっと探したいのかで、必要な大きさは変わる。広い画面が、その選び直しの余地になる。
スワイプの向こうにあった写真を、横に出す
商品詳細では、別の使い方をしている。
拡大して見る ⤢正面、側面、背面。1枚ずつ切り替えていた商品写真が、横に並ぶ。告知ではこれを「主図連軸」と呼んでいる。前の写真を思い出しながら次を見る場面を、目を動かすだけで済む場面に変えようとしている。
図2は「異なる商品を並べる」画面で、図3は「一つの商品を複数の角度から見る」画面だ。同じ横幅でも、一覧と詳細では使う目的が違う。OSの分割機能を使うだけでなく、アプリ内の写真の見せ方にも手を入れている。
ライブ配信についても、告知は映像・コメント・商品欄の配置の見直しを説明している。さらに平行視界では、左に配信、右に商品詳細を置く使い方も紹介されている。気になった商品を開いたら配信が隠れる、という往復を減らす方向だ。
ここに載せたのは発表時の紹介画像であり、実機レビューではない。現在の全端末やアプリ版で同じ画面になることまでは確認していない。それでも、一覧、写真、配信という違う場面で「何を同時に見せるか」を作り込んでいることは伝わる。
開いた瞬間に、買い物が途切れないか
並べるだけなら、タブレットやPCにもできる。折りたたみ端末でさらに考えたいのは、使っている途中で画面の形が変わることだ。
片手で候補を探し、気になったところで端末を開く。その瞬間、見ていた商品やスクロール位置が失われたら、大画面になった利点より探し直す手間が勝ってしまう。閉じたときも、比較していた商品のどちらを残すのか。レイアウトと一緒に、作業の続き方を設計する必要がある。
Androidの公式ガイドでは、折り目やヒンジ、テーブルトップのような姿勢に応じてレイアウトを変える方法が示されている。淘宝の図がこうした姿勢への対応まで証明しているわけではないが、開発者にとっての設計対象が横幅だけではないことはわかる。
自分のアプリなら、利用者はどの画面を覚えたまま「戻る」を押しているだろう。その二つを並べたら、何が楽になるだろう。そして端末を閉じても、その続きに戻れるだろうか。
淘宝の事例が面白いのは、折りたたみという目を引くハードウェアを、こうした地味で具体的な問いにつないでいるところだ。画面が広がることよりも、そこで減らせる手間のほうを見ていたい。